帰宅後はアニメとミステリーとともに

ツイッターや読書メーターでは書ききれなかったミステリーの感想やアニメの考察など

文学フリマ東京の宣伝(もしくはアニメクリティークの寄稿文に書かなかったこと)

 

ただ宣伝だけでは味気がないものです。

書かなかったというより寄稿文で書くには話が逸れてしまうことを書いていきます。

キズナイーバー

画面の特徴としてという色を多用していることが上げれます。(7話が特に顕著)

夕焼けにしても、傘にしても心を惑わします。

 終物語上巻落語心中

実はどちらも叙述トリックを使っているということで書きたいなとは感じていました。

終物語についてはかなり触れているので、落語心中をメインにします。

落語心中の叙述トリックにおいて重要なのが、1期はあくまで八雲が語った「回想」(実は一部に偽の回想があった)を、映像にしたということです。叙述トリックは「作者が読者に対して仕掛けるもの」*1です。

ですが、(物語の登場人物である)八雲が真実を言わない理由は、心理描写を見ても不自然さが無いのです。

真実が露見するもののそれは松田が言ったもので、八雲が語った訳ではなくある人物を守り抜いたということもポイントでしょう。

 

昭和元禄落語心中(10)<完> (KCx)

 

 

*1:原作と映像の交叉光線(著千街晶之

前期アニメの寸評・感想(もしくは土曜日は前期のアニメを語りたい)

しばらくブログを更新できずにいましたが短めになりますが、しようと思います。

前期はけものフレンズが席巻しました。

優しい世界観に見える設定にもかかわらず、考えてみると深いものがあります。(様々な考察ができるようになっている)
ただけものフレンズがいいアニメなのは確かなのですが、
そればかりで他のアニメについてあまり語られないまま、今期を迎えたように感じているように思えます。
今回は前期アニメで自分が好きだったアニメの寸評および感想です。
幼女戦記
一見知識があるか文章で詳しく語られないと分かりにくい戦術の話も主人公のデグレチャフが的確に導きます。
分かりきれなくても分かったようにさせる技術があります。
なんといっても魅力は、主人公のデグレチャフです。
本人が後方勤務を望んでいるにもかかわらず、才能と「神様」(存在X?)の悪戯からか最前線に送り込まれる展開は見るのを飽きさせません。
特に(第伍話のはじまりの大隊における)「宣誓」から始まるセリフです。幼女という設定を最大限に活かしたものに他なりません。

幼女戦記(1)<幼女戦記> (角川コミックス・エース)


ACCA
会話劇として素晴らしいものがあります。
(声優に詳しくないのですが)メインキャラの声優はこのキャラを演じるなら、この声優さんと言えるようなぴったりさです。
OPのアニメからして伏線が色々出ているのですが、理解できるのは回収された後なのです。

ACCA13区監察課 ビジュアルブック


この素晴らしい世界に祝福を!(このすば)
個人としては1期の方が好みなのですが、2期も安定した面白さ。
旅行はしても、冒険せず結果として魔王軍の幹部を倒していくというストーリーもコメディとしていいものです。

 

文学フリマに行こう(またはアニメ評論同人誌に寄稿するとは)

11月23日に文学フリマというイベントがあります。

カの35-36がアニメクリティークの場所になります。

ポスターから見る通り、君の名は。についてです。

寄稿した内容は、時間に関するトリックと組紐についてです。

 

という宣伝とは別にアニメ同人誌に寄稿するということは、

どう考えているかや、書きたいと思っている人のアドバイスを書きたいと思います。

寄稿する

評論の文章を質を良くするのはもちろん重要ですが、自分の伝えたいことを最大限に表現できるようにと意識しています。

同時にツイッターのツイートやブログで伝えられることの限界を超えることが、出来るものとも考えています。

編集する人がいるということを意識することも大切です。

書くか書かないか判断に悩んだ箇所は、出だしだけを書いて編集する人がどのような反応をするかを見るということをしてもいいと思います。

編集の人の意見を聞こう

編集された文章を見る時の注意は、省略された部分よりも強調された部分を見ようということです。

自分がそこまで意識していなくても重要、文章として良くなると判断した。

ということですから納得がいかなかった場合、どうしてそう思ったかを思い切って聞いてみるといいかもしれません。

細かいことはツイッターならDM、スカイプなどの手段で伝えましょう。本文には関わりなくとも、どう考えているかをよりはっきりと伝えることができます。

 

あまんちゅ8話のコト(もしくは登場人物の性格を考えるコト)

音楽、ストーリーもとても安定してよく、名言に感じるセリフがいくつもあるいいアニメです。
そのあまんちゅのアニメの中でも一番好きなのが、8話の「まだまだ知らないコト」です。
今回に関しては、見たらわかるよ。と言われるかもしれませんが、書いていきたいと思います。(以下小日向 光をぴかり、大木 双葉をてこ)
てこの悪い癖
体力測定の中でてこはぴかるから「嫌なことからすぐに逃げちゃう癖」があると指摘されます。
通常、ここで注意するのは「最後まで力を抜くな」ということです。
(ぴかりも「駄目だよちゃんとやんないと」とも言ってますが、不満を持っているとすればてこが自分の実力を過小評価し過ぎていることでしょう。)
通常、自分の力を最大限に出せば、勝てると言い聞かせたり、励ますようなものになります。このやり方でも問題ないように思えます。
しかしマイナス思考で繊細(アニメの中で何回も強調されています)であるてこの性格を考えれば、違う方法を考える必要があります。

ぴかりが考えたのが、ゆっくり走って余力を残した状態で終盤までレースをして、終盤でごぼう抜きするというもの。1000M走だから出来る戦略です。
通常スタミナの関係で無茶になるのですが、体力測定の結果でてこはおそらく耐えられるだろうと考えた訳です。
てこの悪い癖がでないようにするにはどうしたらいいか?と考えたぴかるの「やり方と考え方」に柔軟な発想があります。
てこは負けず嫌い?
ぴかりはてこが負けず嫌いなのではないかと言います。
冒頭でのてこのぴかりの紹介・時々わんこのようになるという感想を見ると間違っているようにも思えません。
考えてみると、100M走で抜かれたときに力が抜けてしまったのは、他人に負けないと意識しているがためと言えます。
嫌なことからすぐに逃げちゃう癖も自分が出来ないことが悔しいから逃げてしまうと考えれば、納得がいきます。

「良く知っていると思っていても、知らないことはいっぱいあって、それを見つけるとなんだか宝物を発見したようにどきどきしてうれしくて」

(長いセリフなので一部省略)
さて、このセリフの時、一旦カメラは二宮 愛と二宮 誠それぞれを映します。
この話だけを切り取ると意味を感じないのですが、前半の「秘めた思いのコト」を考えると意味が良くわかります。
姉弟であっても知らないことがあるのだから、てことぴかりには知らないことはいっぱいがあるよと。
前半のお話と関わったものであることがカメラワークからも分かり、この話を更に良くしています。

 

あまんちゅ!  第4巻 [Blu-ray]

アナザーと叙述トリック(またはコミケで寄稿したものの宣伝)

 

 他にもFani通2015下半期(アニメのクロスレビュー)と余白のR(今号で休刊)という同人誌に初参加しました。

宣伝は簡単にして、アナザーに話を移しましょう。(ネタバレを含みます)

アナザーという作品には、叙述トリックが使われています。

アニメにおいても完璧ではないものの、うまく処理されています。

 

そもそも叙述トリックって?

 

他のミステリートリックに比べると、争論が多いトリックでもあります。

小説でないと出来ないものが多いのも特徴です。

心理トリックの一部と定義(割と一般的)されますが、人によっては「鬼子」という言葉で表現されます。

調べるときには著者が肯定、否定どちらに見ているかで印象ががらっと変わってしまうことにも注意が必要です。

寄稿した評論の中では、どちらの立場の人も引用しました。

 

 アニメ化する難しさ

 

そのまま映像化してはすぐばれる訳ですから、工夫が必要となってきます。

ツイキャスの中で羽海野渉さんが言及してた通り、

叙述トリックだったと分かる必要があるわけですから、最後まで見せる必要も出てきます。

一人二役」のトリックはまだアニメという媒体との相性が良かった部類のものです。

ただ、アナザーではアニメというものを知っている人にとっては、

内容ではない所で、重要な部分が解けてしまうという弱点を持っています。

それが、「声」についての問題です。

演じ分けができる有名な声優にしてもらえば良かったのでは?となりますが、

役柄に比べて、不自然さで気づかれる可能性を考えると、(他の可能性も評論でも触れていますがどちらにしろ)どこまで行っても袋小路に思われます。

実は、この問題を回避したアニメもあるのですが、それについては別の機会に。

評論の中では、他にも様々な点について書いているので、見てもらえると嬉しいです。

Another

Another エピソードS (角川文庫)

 

 

リゼロのレムとラム(もしくは切っても切り離せない関係)

特に原作を読んだわけではないのですが、
物語としてのうまさは先に進めば、よりはっきりと分かるように思えるので、
話を分かりやすくするためにも、あえてアニメの4話以降(原作であれば2巻以降)のみを扱っていきます。
ループの告白を防ぐ仕組み
リゼロの状況であれば、自分からループしていることを言った方が協力を得やすいのでは?と疑問が浮かびます。
ところが魔法のようなもので自分からいうことを封じられ、他人から気づくことも難しい状況であることが示されます。
(ここがシュタゲや僕だけがいない街とは違う所と言えます)
そのペナルティにしかならないはずのものをうまく利用していくシーンもあり、うまさを感じます。

メインの登場人物が少ないということもあるので全ての登場人物が重要に思えますが、
最も注目すべきは、レムとラムの関係にあると言えます。
レムとラム
二人の関係は「泣いた赤鬼」という児童文学で例えられています。
二人の正体を考えれば、この話が大きな伏線であることは言うまでもありません。

(以下 第7話 ナツキ・スバルのリスタート と 第11話 レムの内容から)

それは様々なセリフ、演出から見ることが出来ます。
分かりやすいのが「」です。
(7話の)レムが呪いにより衰弱死したためにラムが泣け叫ぶシーンで、レム、ラムともに影が半身であることに注目してみましょう。
その演出が後のベアトリスの

「どちらが欠けても、あの姉妹は元には戻らない。戻れないのよ。」

というセリフで強調されています。

レムを見ると、ラムの存在があって初めて存在できるもの。

」のような存在ととらえることもできます。

11話でアジサイに注目して見ると、太陽の光が青いアジサイに強くあたっています。

その直後に太陽の光がさんさんとあたった状況でレムの笑顔を見ることが出来ます。
主人公のセリフによって、自分が存在してもいいんだ。自分と言う存在を認めてもらったということを分かりやすく示しています。
問題があるとすれば、主人公のキメ台詞が必要な所にそれらしいものが無かったように思えることです。

レムのことを肯定しているのは明らかなので、どこかしらここが重要なセリフだと思わせる仕組みが、必要だったでしょう。

 

 

ふらいんぐうぃっちという不思議な世界(もしくは魔法と非日常はどうやって日常に変わる?)

 

物語は主人公が魔女のしきたりの関係から、青森県に引っ越ししてくるところから始まります。
作画も弘前市の自然を見せるために綺麗で安定して見れるアニメです。
wikiを見ると日常ものという判定をされていますが、

ふらいんぐうぃっちの場合、少し特殊です。
主人公が魔女というのはもちろんのこと、

通常であれば非日常と言える事柄も日常の出来事として流れていくことです。

 非日常へ導く登場人物

特に顕著なのは、春の運び屋ひなです。

怖い展開にしようと思えば幾らでもできそうな登場人物なのですが、

このアニメではそんな風にはなりません。

倉本千夏(以下千夏)も驚いていますが、むしろ、春の運び屋の方が過敏に反応したと言えます。
自分の姿を見て、怖がってはいないかと気にして、千夏に春の花をプレゼントする展開になります。

ひなは元々、姿を見せてないのに魔法で強引に見せたという事情があるにもかかわらず、そのことを怒ることなく、顔を真っ赤にして恥ずかしがっています。

(その後おかめの仮面をつけて、接客したりします)

幽霊だからといって誰かを恨んでいるという訳でもなさそうで、現世に留まっている理由もアニメを見る限り、明確には語られていません。

魔女という役割
木幡茜(以下茜)が主人公に自分でどんな魔女になりたいかを考えればいい(大意)と言うようにこうでなければならないというものはあまりないようです。
といっても魔女になりたいと千夏が言ったときはややシリアスです。
千夏がいない状況で、魔女になるのは大変なことも説明されます。
ただ無下に否定することなく、魔女見習いとして色んな経験をさせてもらうことになります。
主人公や茜から見れば、魔法を使えることでどんなことができるだろうと考えたり、

経験したりすることで千夏の想像力を豊かにできるのではとも考えているのかもしれません。

まとめ

畑づくりをしたり、山菜をとったりと魔法と全く関わらないことを交えた上での非日常ということでうまくバランスをとった作品といえます。根幹の魔法の部分についてもできるだけ、ゆるやかな物語になるように設定されています。

ふらいんぐうぃっち(1) (週刊少年マガジンコミックス)